書評「コンビニ外国人」

コンビニ外国人 (新潮新書)
芹澤 健介
新潮社
2018-05-16




普段使っているコンビニで、外国人の店員を一度も見たことがない、という人は恐らくいないだろう。公式に移民は受け入れていないはずなのに、彼らは一体どこからどういったルートで、何を求めて日本にやってきたのか。

タイトルは「コンビニ外国人」とあるが、コンビニをとっかかりとして、ひろく日本全体の外国人労働者の現状についてコンパクトにまとめた良書だ。

世界基準では1年以上滞在すれば移民という扱いになるが、日本政府は「永住権を持っている外国出身者」のみを移民と定義している。だから、日本語学校等に留学しつつバイトをする外国人や、技能実習制度を通じて農家や工場で働く外国人はこの十年で約2.6倍に増加し、128万人に達したが、政府のスタンスとしては移民受け入れは拡大してはいないことになる。ただ、世界基準でみれば、既に日本は世界TOP5にランクインする外国人労働者受け入れ大国だ。

コンビニでおにぎりを売っている店員はもちろん、おにぎりを作っている工場で働く労働者も、いや、海苔やおかかを加工している労働者も、実は外国人労働者かもしれない。現実問題として、日本は彼ら外国人労働者無しではやっていけないほど働き手が不足しているのだ。

技能実習生の過酷な就労環境はしばしばニュースになるが、留学生も相当シビアだ。「留学生のバイトは週28時間まで」という縛りがあるから、学費を払えば生活はギリギリ。日本語学校卒業後の大学や専門学校の学費まで自力で稼ごうと思ったら強制送還のリスクをとってオーバーワークするしかない。

そもそも“日本語学校”とやらの授業料が(バイトを考慮して)授業時間が半日の割に年60~80万円と一般の専門学校などと比べるとかなり割高だ。中には自前の寮を用意してくれる学校もあるが、家賃相場4万円ほどの2DKに留学生4人を共同生活させ、寮費として一人2~3万も徴集する悪質校まであるという。留学生の中には、故郷を出る際にあっせん業者に100万円以上搾取され、日本に来てからは日本語学校に搾取され、進学も仕送りもできないまま日本語学校卒業と同時に帰国せざるをえない若者も多いという。

残念ながら、我が国は既にエリート層が目指す国ではない。

「でも、留学を目指す人たちでもトップクラスの人はハーバードとかアメリカの大学に行きますね。日本に来る留学生は北京大学もハーバードも受からない人」



「(ネパールで)若い子に話を聞くと、本当に医学や科学を勉強したいと思う人たちはアメリカを目指すわけですよ。その次がオーストラリアですね。面と向かって言われるとちょっとショックだったのですが、日本を目指す子たちというのは中間層から下の子が多くて、なぜ日本に殺到するかといえば、やっぱりアルバイトができるからなんです。ビザも比較的簡単に取得できるので、自分の人生を変えたいと思う若い子にしたら日本はすごく魅力的な国なんだと思います」



だからこそ、それでも日本に働きに来てくれる人たちのために、もっと出来ることはあるはずだ。著者も指摘するように、東京五輪後に日本は景気後退期に突入する可能性が高い。ちょうどその頃に生産年齢人口がピークアウトする中国は、労働者を送り出す側から受け入れる側にまわるだろう。

ネパールの留学斡旋業者の中には、早くもそれを見越して日本向けの募集を他国に振り分ける動きも出ているらしい。そうなればグローバルでの労働力の奪い合いが激化し、高齢化と低成長の続く日本は相対的に不利になる可能性が高い。

そんな環境の中で、すでに“老体”となっている日本が勝ち残っていけるだろうか。老人ばかりの国で勉強したい、働きたいと思う外国人たちがどれほどいるだろうか。おそらくわたしたちが考えている以上に事態は深刻である。十年後にはコンビニの無人化も進んでいるだろうが、店内をうろうろする客は日本人の高齢者ばかりで、かつて若い外国人がたくさん働いていた様子を懐かしく思い出すのかもしれない。



筆者の私見だが、そうなってしまう前に、日本語の習熟度によって日本語学校の学費に奨学金を出すとか、留学中のバイトの上限時間を緩和する等、すぐに手をうてることはあるはずだ。

テーマ的にやや暗い書評になってしまったが、本書に出てくる留学生はみな前向きで明るい。日本は治安が良く人も親切でおおむね満足していると口にする。そういうアドバンテージがある間に、次の一手をうっておくべきだろう。


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書評「逃げられない世代」





日本の財政、社会保障制度の行き詰まりを指摘する本は多いが、本書は以下の2点でとても興味深い。

・元官僚として、日本社会に巣くう“先送り”の病根を示している

政治家は平均すると2、3年で選挙という試練を受けるため、それくらいで有権者から評価してもらえる政策しかやろうとしない。「30年後に社会保障がパンクするので年金カットします」なんて言っても評価されるどころか怒った高齢者に落選させられるのは確実だからだ。

では、終身雇用の保証された官僚が国家100年の計を考えてくれるかと言うとさらに絶望的で、終身雇用型組織特有のローテーションにより、若手~中堅で2~3年、幹部以上なら1~2年であちこちのポストを転々とする彼らは、その期間でできることしかやろうとはしない。

たとえば「業務範囲を定めない職能給で長期雇用させているのが長時間残業と低生産性の原因なのだから厚労省と協議の上、雇用形態の見直しを進めよう」と考える官僚は少なくないはずだが、実際にアウトプットとして出てくるのは「プレミアムフライデー」とかになってしまうわけだ。

ついでに言うと野党がバカなのもちゃんと理由がある。現在の日本では、法案は各省庁が作成し、実質的に自民党の政調会でがちがちに固めた上で国会提出され、野党が何を言おうが一字でも変えさせるのはほ不可能というのが実情だ。国会中継では一応議論しているようにも見えるが、あれはあくまでしているふりだけであり、時間になったらハイ、採決!と言うのだから野党からしたらたまらない。せめて延々とスキャンダル追及で盛り上げるくらいしかやることがない。

twitterではなんでもかんでも安倍総理にからめて笑いを取る小西師匠が人気だが、師匠もきっとボケながら心の中では泣いているに違いない。








・人口動態から「逃げられない世代」を特定

かつて団塊世代には団塊ジュニア世代という、自分たちとほぼ同じボリュームのある受け皿世代が下にいた。だから一千兆円を超える国の債務も、それと同程度存在するとされる社会保障の隠れ債務問題も、なーんにも手を付けないまま逃げ切ることに成功した。

でも、団塊ジュニアにはもはや受け皿となる世代は存在しない。だから、団塊ジュニアが高齢者になる2036年以降、それを支える下の世代、具体的には現在の20~30代は、団塊ジュニア世代を支えつつ、問題を先送りすることなく正面から問題に取り組まねばならない。

具体的に言えば赤字国債に依存しなくても済むよう25兆円以上の増税が必要であり、選択肢は消費税くらいしかないので1%=2兆円として少なくともあと13%、20%台へのの引き上げが必須となるとする。※

「そんなに上げたら景気が悪くなるじゃないか」と心配する人もいるだろうが、もう先送りできないんだからしょうがない。文句はこれまで先送りし続けてきた先輩方に言うといい。

ちなみに、この「先送りできなくなるのは2036年」という数字は、国債が国内だけでは消化出来なくなるタイミングとも符合する。政府としても本腰で財政再建と緊縮に取り組まねばならなくなるはずだ。

ただ、本書のトーンは全体として意外に明るい。著者も述べるように、財政破綻といっても或る日いきなりバターンと倒れるようなものではなく、政府が財政規模の急激な縮小と大規模な増税を短期間で行う形で実現するだろう。消費税引き上げにしても、恐らくはそれまでにちょこちょこ上げていくから、意外に団塊世代や団塊ジュニアも完全に逃げ切れるものではないと思う。

むしろ高齢化という先進国共通の病に対し、良くも悪くもムラ社会的な要素の残る日本人は、協調性を発揮して新たな持続可能なシステムを生み出せるのではないか。

世の中には「見たいものしか見ない」人が多い。で、そういう人向けに「見たいものを本などに書いて売りつける人たち」もいる。「日銀に買い取らせればいつまでも借金できますよ」とか「バラマキで経済成長!」とか言ってる本が典型だ。ま、そういうのが読みたいって人はそれでいいけど、これから先に何が起こるのか、そして、真の意味で“逃げ切れない人”にならないためにはなにをすべきか、に興味があるという人は、本書を手に取るべきだろう。具体的なキャリア設計のプランなども触れられており、参考になるはずだ。


※筆者自身は医療技術の発達等で社会保障給付の一段の伸びを予想しており、消費税25%程度にしてもなお団塊ジュニア世代はそれなりの給付カットを受けることになると考えている。





書評「町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由」






「小さな町工場なのに残業ゼロ、全社員年収600万円以上」という点がNHKのクローズアップ現代等で取り上げられ話題となった吉原精工の会長が、自社の取り組みを詳細に解説したのが本書だ。営業マンを置かない営業テクニックや取引先との信頼関係構築テクニックなども実にこまごましていて興味深い。営業マンや経営者向けとしても良いビジネス書だと思う。

でも、やはり本丸は吉原流働き方改革、とりわけいかにして残業ゼロを実現できたか、だろう。
実は方法については分かっている。というか、それ一つしかない。それは残業そのものを無くし、浮いた残業代を基本給に上乗せして支給する方法だ。

よく現場を知らない労働弁護士なんかが口にする「残業割増し分を引き上げさせることで残業を抑制させる」というのは最悪のアプローチで、企業がその分基本給を減らして残業代に回すから、元を取ろうと従業員がさらに残業するようになるだけだ。

当然、吉原流もその点はしっかり押さえてある。全社員にしっかり説明した上で残業をゼロにし、浮いた金額をすべて固定給に入れるというスタイルだ。結果、全員がいかに無駄を省き、効率的に機械を動かすかに集中するようになり「毎日定時で帰る」と「利益率を高めて賃金アップ」を両立させているわけだ。

むろん、ただ残業するなと言うだけではなく、シフト制を上手く組んで、昼以降に出勤する社員に夕方以降の顧客対応を任せたり、機械の稼働時間を被らないよう調整したりといったトップの工夫も資するところは大きい。

ひょっとすると、タイトルから氏のことを「人に優しい家族主義的経営者」だと思っている人もいるやもしれない。実際には逆で、過去3度の経営危機に際しては文字通りクビを切るリストラを敢行し、ベテラン幹部であっても改革方針に賛同しない人間は容赦なく切り捨てる非情さも持っている。

一言でいうなら、氏は合理主義者と言うべきだろう。

ちなみに、吉原精工ではプライベートには一切タッチせず、社員同士の親睦を図るイベントなどはありません。「楽しいことは会社の外で自由にやって欲しい」という方針です。


給料については、もともと「勤続年数に関係なく能力に応じて決める」という考えです。仕事が速い人、正確な人、工場全体を見て動ける人であれば給料は高くなります。


(サラリーマン時代に)
能力が低い人が残業しているのを見ると「おかしいな」と思っていました。私が時間内に仕事を終えて帰っている一方で、仕事が遅い人は残って仕事をしていました。会社の電気代を使い、さらに残業代を多くもらえるので給料も高くなるということに違和感があったのです。


「仕事で楽をするなんてとんでもない」
「残業を厭わず働くべきだ」
「会議は絶対に必要なものだ」
「1分たりとも遅刻してはならない」
こういった考え方は、私から見れば、たいした合理性はありません。



吉原精工と取引のある、ある大手企業についても触れられている。その大手はリーマンショックに際し、従業員の残業を禁じることで危機をしのぐという経営判断をした。全社一丸となって無駄を見直し、生産性を高めることで、残業の削減に取り組んだわけだ。だが業績がV字回復すると、また以前のように「残業し放題、残業代つけ放題」に回帰し、労使ともに何の疑問も抱かない様子だという。


日本の労働生産性が低いということは、よく知られています。1時間あたりの労働生産性は主要先進7か国で20年連続最下位ともいいます。しかし私は、これは日本企業にまだまだチャンスがあることの裏返しだと思っています。

日本ではムダな残業が山のようにあるのに、GDPではアメリカ、中国に次いで世界第三位です。多くの企業が本気を出して残業をなくし、仕事を効率化し、競争力の高めることが出来れば、どれほどの効果が上がることでしょう。今後の少子高齢化による人手不足解消のヒントになるのではと思います。




書評「ブルックリンでジャズを耕す」







以前から著者は独特の文体をもっていて、それが好きで自分は学生時代、プレイボーイでの連載を読んでいたこともある。その独特のセンスは本作でも健在だ。

アメリカ生活が9年目に入って僕の舌にも変化が出始める。あんなに毛嫌いしていたアメリカの食べ物ががそうでもなくなり、おいしいハンバーガーやステーキに、逆に飢えるようなことが増えてきたのだ。皿を傾けて、盛りつけられた肉に肉汁をかける瞬間のスリル。ミディアムレアに焼いた肉の中からにじみ出る旨味、深み。それはまるでジャズのフレーズをひとつひとつ覚えるがごとく、自分の体の中で日常の味となってゆっくりと根付き、汗になるサイクルを繰り返し始めていた。


本作を読むまで、筆者はなんとなく大江千里という人物は「何歳からでも挑戦することを諦めないタフガイ」をイメージしていて、だから日本で確立したポップシンガーの地位を捨てて渡米したんだろう的なことを想像していたのだが、結論から言えばそれはぜんぜん間違いだった。

けして器用ではないが音楽が好きで、自分が関心をもったこと、好きなことを追求できる純粋さを持った少年。本書からはそんなイメージが浮かぶ。だから、本人からすれば「十人十色♪」と歌っていた時とノリは変わっていなくて、ただ世界中からクリエイターが集まり常に変化しているニューヨークという街に行きついたということなのだろう。実際、引っ越し癖のあった氏は、いまではブルックリンに落ち着き、ツアーから戻るたび「故郷に帰ってきたかのような安心感」さえ感じられるという。

これは筆者自身も感じていることだが、人間は40代半ばにもなると、今までやってきたことの延長戦上でしか動こうとしなくなる傾向がある。本当は日々の暮らしの中に必ず興味を引くものや新しい刺激が隠れているのだが、それらに目をつぶって過去の積み重ねに腰掛けようとする。人生100年時代、これは実にもったいないことだと筆者は思う。

キャリアデザイン指南としても本書は示唆に富む。47歳で渡米し名門の音楽学校に入学してからは、ものすごい勢いでお金が銀行から減っていく。英語の授業にも十分にはついていけないからプライベートで家庭教師も雇わねばならない。でも常に前向きに、自己管理を徹底することで、最後にはちゃんと成長という結果がついてくる。バブル期、「自分の銀行口座残高すら知らなかった売れっ子シンガー」の面影は既にそこにはない。

僕はいつしか3年になり、4年を迎えつつあった。次の人生を前向きに考える時期に差し掛かっていた。その頃になると、自分に投資するお金と節約するお金を、かなりストイックに使い分けていた。こんなことが自分にもできるんだという新たな自己発見。客観的に節約ができたかどうかと厳密に問われると微妙だ。しかし「節約できた」が重要ではなく、「何に使い何に使わない」という「メガネ」を新調したことが大きな進歩だったのだ。


最後、特に印象に残った一節を引用して終わりとしよう。たかが40歳や50歳で人生消化試合モードに入っている人はまだ間に合う!考え直そう!

僕がブルックリンでジャズを耕し始めてから6年以上の歳月が流れている。運命という言葉がもしあるとすると、それを変えることはできるのだろうか?もしかしたら難しいのかもしれない。しかしながら自分がどう生きるかというのは自分自身が決めることだ。そう考えると今まで生きてきた道は自分自身が選んだものであり、これからはまた新しく思いのまま「作っていく」ものだ。
(中略)
音楽は人生を深く生きるためのテキストブックだ。練習をし知識を増やし技を覚え、また練習する。そして今、僕は過渡期にいる。次の次元に行くためもがいている。60歳から始まるであろう新しい“青春”に向かって。



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