これは筆者の知人から委託された手記である。吉川氏の「デフレーション」を読んで
いたく感動したとのことで、書いてはみたが発表する場が無いというので筆者が
買い取らせてもらった。示唆に富む内容なので、最後に解説を加えつつ紹介したい。



今から十数年ほど昔、私は都内のそこそこいい大学を出て、一流と呼ばれる
大手家電メーカーに入社し、本社の営業部門に配属された希望にあふれた若者でした。
当時は、実家や親せきから「あの有名な、コマーシャルをばんばん流してる会社ですね」
とほめられたものです。

でも、私はすぐにある事実に気付きました。田舎で家業の大工を継いだ中学の同級生
より、自分の方が手取りが低いのです。田舎だから駐車場代なども安いし、実家暮らし
なら家賃も浮くから、実際に使える金額で見ると百万円以上自分の方が低所得だった
記憶があります。
「でも、大手は初任給からこつこつ上がるから最初は仕方ない。30代、40代で
ぐんと上がっていくのだろう」と、その時は自分を慰めつつ、日々の業務に精を出しました。

さて、そこから時計の針を少し前に進めます。30代になっても、筆者の賃金は
牛の歩みのごとくなかなか上がりませんでした。2000年頃はデジタル家電の波に
乗って決算も好調でしたが、その後、韓国中国メーカーが急速に台頭する中で
業績は伸び悩み、経営陣は当然のごとく我々従業員のボーナスをカットしつづけた
からです。せいぜい年間で5カ月程度といったところです。
我々若手については昇給までカットされ続けたので、まさにダブルパンチ状態でした。

私自身の責任だと思う人もいるかもしれません。でも、私のいた事業部は過去十年間
ずっと黒字を計上し、本体の業績をけん引し続けていました。私自身、その中で
少なくない貢献が出来たと考えています。実際、30代になって複数のヘッドハンター
からオファーをもらったことからしても、私がこの業界でそれなりの評価をされていた
と思っています。

でも、ボーナスが2割程度、同僚と比べて上乗せされることはあっても、私の賃金が
大きく上がることはついにありませんでした。理由は、社内の他の赤字の事業部や、
戦力になっていない同僚を養わなければならないからです。儲かったからと言って
我々の賃金だけぱっぱと上げてしまうわけにはいかないのです。

よく政治家や文化人で「企業は従業員の雇用を守れ」というようなことを口にされる
人達がいますが、正確には「従業員は従業員同士で融通して助けあえ」というべきです。
企業なんてパイを分配するチューブの集まりにすぎません。企業に雇用絡みで
何かを負担させるということは、従業員同士で支え合わせることであり、
“出来る社員”や“若手社員”の上前をはねて他に回すということなのです。

昔は、私自身もそういうものだと割り切っていました。成果をあげられなくても、入社以来、
同じ釜の飯を食ってきた戦友なのは事実で、苦しい時はお互い助け合うべきだ。
また、そうすることで、日本企業の競争力の源泉たるチームワークも生まれるに違いないと。

でも、今にして思えば、明らかに私は間違っていました。万年赤字事業部は、何年
たっても赤字のままでした。常に不採算事業や人員のリストラを繰り返し、アメーバの
ように多国籍間で選択と集中を続けるグローバルカンパニーに対し、国内一社の
持久戦で勝負しても、時間稼ぎにはなっても勝ち目などないのです。
硫黄島に穴を掘って籠城するようなものでしょう。

同じ部署で、モチベーションをとっくの昔にロストし、最低限言われたことしかやろうと
しない同僚も、何年たっても何も変わりません。変わろうという姿勢すら見せません。
ボーナスのたびに(実質的には社員全員からのカンパ額である)数十万円が振り込まれ
ているのを確認して安どの色を浮かべつつ、またPCに向かって仕事をしているふりを
するだけです。

だがなにより、そういった事業や従業員のリストラに踏み切ることなく、数年の任期を
穏便に送ることに汲々とするサラリーマン経営陣たちが諸悪の根源でしょう。
巨額の赤字につながる馬鹿な投資を行いつつ、組織改革には全く手をつけないまま
「人の良い経営者」として一線を引いた人間は、今ごろ悠々自適の生活を送っていること
でしょう。

チームワークとは、みんなで何かの目標に向かって挑戦するためのものだと考えて
いましたが、少なくとも私のいた会社では
「やらなければならないことを先送りするための言い訳」
として使われていたように思います。

最後に、時計の針を今に戻します。二年前、私はヘッドハンターのオファーの一つを
受け、新興国系の電子部品メーカーの日本法人にマネージャー職として転職しました。
給与体系は完全年俸制で、来年の保証はないが、出来高に応じてほぼ青天井で
ボーナスが支給されます。ちなみに、今年の年収は前の会社の3倍近くいただいて
いる計算になります。

ちょうど今、目の前の家電量販店のショーウィンドゥには、かつての同僚達の血と涙の
結晶である液晶テレビが並べられています。52型で20万円以下だから、利益なんて
ほとんど出てはいないでしょう。そばには同じような国産家電メーカーの同じような液晶が
やはり同じような価格で叩き売られています。

これらはみな、あの“チームワーク”の産物なのです。きっと、社内には儲かっている
のに安月給で我慢させられている人がいるはずです。そして、そんな人達からのカンパ
に安どしている人達も、それ以上にいるはずです。みなで広く薄く分け合った結果、
誰も勝ち組がおらず、各社事業撤退しないから市場が製品で溢れ、泥沼の値引き合戦
が続いているわけです。

今ごろ、社内の雰囲気がどうなっているかは、想像するだけで背筋が寒くなります。
出口の見えないトンネルの中で、日に日に乏しくなる水と食料を分け合いつつ、
疑心暗鬼に陥っているようなものでしょう。

そういえば政治の世界では、アベノミクスの名のもと、日銀に異次元の金融緩和を
させる壮大な社会実験が展開中です。人によっては、デフレ脱却を期待している人も
いるかもしれません。でも、それについては、私は悲観的です。

言い換えればデフレとは、皆で責任放棄したまま、我慢比べをだらだらと続けてきた
結果です。私の目には、中央銀行が云々というのは、ある意味、究極の責任放棄政策
にしか見えません。

とはいえ、私自身は、自分の人生についてはとても楽観的です。もう我慢比べは
きれいさっぱり卒業し、まったく別の力学に基づく世界で暮らしているからです。

たとえば今も、自分は成果に応じた年俸を受け取りつつ、元同僚たちが我慢比べを
しながら廉価販売してくれる製品を安値で入手することが出来ます。デフレというのは、
我慢比べの世界を抜けだした者にとっては素晴らしく住みやすい世界だと自信を持って
断言できます。いろんな会社の従業員が一生懸命賃金を削って安く提供してくれるもの
を労せずして手に入れられるのですから。

ついでにいうと、他の国であれば失業者になって社会保障給付でカバーされるべき
コストも、正社員共同体の皆さんがカンパしあって補ってくれているわけですから、
そういったコスト負担からも我々は自由なのです。

もちろん、10年後はわかりません。その時に泣いているのは元同僚ではなく自分の方
かもしれません。でも、少なくとも今はたとえようがないほどに自由かつ幸福です。

今の日本には、デフレに苦しむ人々と、デフレを謳歌する人々、いわば2つの世界が
併存しているように見えます。前者は雇用という重力を背負わねばならない終身雇用型組織、
後者はその重力のない実力主義の組織が中心です。

デフレを脱したいなら、後者の世界に飛び込むといい。
たぶん、それが唯一の脱デフレの道でしょう。

以降、
大企業発のデフレが波及していく様子
筆者の考えるデフレの終わらせ方



※詳細はメルマガにて


Q:「ワタミとその社長さんについてどう思いますか?」

→A:『日本人の雇用が第一です』と笑顔で言いつつ、裏ではいらないオッチャンを追い出し部屋に
   がんがん放り込み、新卒採用ゴリゴリ削って海外移転させてる企業が多い中、わざわざ
   『日本人の給料は百万でいい』とか『わが社に無理という文字はない』とか言っちゃう中二病
   的正義心に溢れる経営者に、管理部門は胃がヒリヒリしてると思います。


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