永江氏の「誰でも想像できる40年後の日本はこんな感じ・・・」がなかなか興味深く、各所で話題となっているようなので何点かフォロー。

こういった将来は以前から指摘されていることなので恐らく不可避だろう(筆者も以前に書評で同じテーマに触れたことがある)。


ただ、個人的には以下のような理由から、それはそれでそんなに恐れおののくほどのことでもないんじゃないかと考えている。


・とりあえず職には困らない

働き手と養われる側がほぼ一対一という人類史上初の人口構成になるため、極端な労働力不足が慢性化することになる。確かに景気は悪いだろうが失業率も異様に低い状態が続くだろうから、食うには困らない。というか、もうそういう状況は出現しつつあるように思う。ほら、今だって「バブル期並みの求人倍率!自殺率も低下!」って大本営発表してるけどほとんどの国民は景気がいいなんて実感しちゃいないでしょ?ある意味、退屈な平和ともいえる。


・動けなくなって野垂れ死にするのは生物としては普通

「でも、年金も生活保護も無くなったら老後は野垂れ死にしちゃうじゃないか!」と思う人もいるだろうが、そもそも体動かなくなったら野垂れ死にするのは生物としては普通のことだ。人間が動けなくなっても病院でチューブにつないでもらって心臓が動く限り延命してもらえるようになったのはここ数十年の話だから、心配はいらない。ちょっと昔の生活に戻るだけの話だ。


・考えようによってはワクワクするような暮らしが可能

東京とか名古屋とか大阪とか福岡とか、そういう一部の大都市に人口が集約し、その周辺に都市内部には住めない貧乏老人がスラムを作って暮らし、その他の地方はほとんど人の住まない廃墟になると思われる。

でも、そういう生活も考えようによっては悪くはない。筆者はまだ体が動くうちにそういう事態になったとしたら、たぶん八ヶ岳あたりに夏用の、静岡か高知あたりに冬用の別宅を買って、畑仕事や釣りをして余生を満喫すると思う。

「そんな余生が送れるのは一部の富裕層だけだろう」と思う人もいるかもしれないが、そんなことはない。地方の空き家なんて二束三文で手に入るだろうから、築古の民家を買って10年くらいで使い捨てにすればいい話。犬でも猫でも飼い放題だ。そこまで極端な場所に行かなくても、ぎりぎりインフラが通っている郊外に安い庭付きの家を買い、半自給自足的生活を送る人たちは若い世代の中にも出てくるのではないか。

もう一つ、意外に未来が明るいんじゃないかと思う理由もある。あるのかないのか分からん社会保障の破たんが明らかになったら、子孫の有無がすごく重要になってくるから出生率も回復するかもしれない。

「結婚なんてメリットないもん」とか「結婚は人生の墓場」とか斜に構えてた老人が路上でばたばた野垂れ死んでるのを見た未来の若者たちは、せっせと婚活に励んでくれることだろう。





スポンサーリンク